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くらし・手続き

2020年大河ドラマ「麒麟がくる」ゆかりの地 御嵩町

可児才蔵

可児才蔵
「関ケ原合戦図屏風」より(関ケ原歴史民俗資料館所蔵)

大河ドラマ「麒麟がくる」

明智光秀の重臣・可児才蔵 出生の地

 可児吉長(通称:可児才蔵)は、御嵩町の願興寺で生まれ、この地で幼少期を過ごしたと伝えられています。

 才蔵は主君のひとりとして明智光秀に仕え、本能寺の変に従軍するなど、光秀に重用されていました。
 このことは、江戸時代前期の儒学者、軍学者である山鹿 素行(やまが そこう)が、歴史書・武家故実書である『武家事紀(ぶけじき)』に記しています。
 武家事紀によると、光秀に従って本能寺を攻めた際、拭い板の上にて頭を取ろうとした者が、取りかねたのを見て、手本を示して取り方を教えたとの記録があり、最強武将としての活躍をうかがい知ることができます。

 また、光秀生誕の地「明智荘」は、可児市から御嵩町にかけての地域(明智八郷)といわれているため、才蔵と光秀は同郷であったことがわかります。

 現代では、才蔵に関するイベントが催されるなど、地元の人々に愛され続けています。

才蔵パンフレット

戦国最強の武将「可児才蔵」パンフレット

ゆかりの地

1・大寺山 願興寺

本堂

願興寺本堂(※現在修理中)

鐘楼門

願興寺鐘楼門

 天台宗最澄によって弘仁6年(815)に創建された古刹で、地域の人々からは「蟹薬師」あるいは「可児大寺」という名で古くから親しまれています。
 本尊薬師瑠璃光如来像ほか23躰の仏像と本堂(現在修理中)が国指定重要文化財に指定されており、東美濃の正倉院との呼び名もあります。

 願興寺の歴史が記された“大寺記”には、「越前で朝倉義景が滅ぼされた時に逃げ出した身重の側室が、放浪の末に願興寺に隠れ住むことになり、その時生まれた男の子が可児才蔵と名乗るようになった」旨が記されているため、願興寺は可児才蔵生誕の地として知られています。

 また、才蔵の母は宝渕宗珠と名乗り、私財を投じ梵鐘を寄進したとされています。
 現存する梵鐘は江戸時代に改鋳されたものですが、その歴史的価値から県指定重要文化財に指定されています。

願興寺パネル
才蔵パネル

願興寺の山門付近の展示看板(左・願興寺/右・可児才蔵)

2・明智荘随一の平城 顔戸城

顔戸城址堀

顔戸城址内 外堀

顔戸城址のぼり

顔戸城址は「のぼり」が目印

顔戸城址居館跡図

顔戸城址居館跡図
「御嵩町史 通史編 上」より

航空写真

現在の顔戸城址周辺の地形

 大河ドラマ「麒麟がくる」で注目を集める可児市北東部から御嵩町西部にかけて存在したとされる明智荘は古来「明智八郷」と言われており、現在の御嵩町の古屋敷・顔戸、可児市の柿田・渕之上・平貝戸・瀬田・石森・石井の8つの集落を指します。
 この明智荘には、美濃国守護職土岐氏の一族が入り、土岐明智氏を名乗って代々明智荘を支配したという伝承が残されており、明智光秀のゆかりの地と言われています。

 明智城が存在した位置については諸説ありますが、顔戸城が明智城であったとの説もあります。
 顔戸城は、室町時代初期の構築になるとされ、城といっても居館と考えられています。城は東西約180m、南北約150mの規模で全体が台形状を呈しており、外周は、敵の侵入を防ぐ深い堀と高い土塁がめぐらされています。
 平地でこれほどの規模の城跡が残っているのは全国的にも極めて珍しく、特に今も残る土塁から堀底まで最大で高さが約10m近くの外堀は壮観です。

3・御嶽宿わいわい館

わいわい館

わいわい館内 特産品販売コーナー

 願興寺の目の前にあり、宿場を訪れる旅人をおもてなしする施設です。
 地元中学生が栽培している舳五山茶の無料サービス、観光情報の提供や麒麟がくる関連のお土産品をはじめとした御嵩町の特産品販売などを行っています。

明智光秀・可児才蔵のお土産

休館日:水曜日・木曜日(木曜日は、特産品販売のみ営業)

ゆかりの地 周辺見どころ

1・大智山 愚溪寺

石庭

愚溪寺の石庭(臥龍石庭)

 臨済宗妙心寺派の名刹。約17000㎡の広大な境内敷地と美しい枯山水の庭「臥龍石庭」を有しています。
 また、愚溪寺の原型である愚溪庵を開山した義天玄承が、後に方丈庭園で知られる京都の龍安寺を開山したことから、愚溪寺石庭は龍安寺石庭の原型であるとされています。

2・中山道みたけ館

みたけ館

みたけ館 外観

 郷土館と図書館を併設した施設で、資料や展示品を通し、原始の時代から現代に至るまでの御嵩町の歴史を学ぶことができます。

 現在、特別展示「可児才蔵展」が期間限定で開催されており、才蔵が実際に使用したとされる甲冑や槍、願興寺の大寺記が展示されています。
 ほかにも、才蔵にまつわる伝承や逸話についてわかりやすく解説したパネルが展示されており、いまだその生涯が謎に包まれた可児才蔵の魅力について知ることができます。

特別展「可児才蔵展」 (令和2年2月24日まで)

休館日:月曜日(祝日の場合は開館)・第3火曜日・最終金曜日

3・竹屋資料館(商家竹屋)

竹屋資料館

竹屋資料館 内観

 明治10年(1877)の建物と推定され、街道を人や物資が往来し、大きく賑わいをみせていた頃からの豪商として、宿場内での役割を果たしてきました。
 また、金融業をはじめ、まゆ・木材・綿布などを取り扱うほか、竹屋街呼ばれる借家街の経営を行うなど、様々な職を幅広く手がける総合商社の先駆けであり、御嵩町指定文化財に指定されています。

 現在は資料館となっており、当時の建物や生活の様子を知ることができます。
 また、館内では機織り体験なども実施しています。

休館日:月曜日(祝日の場合は開館)・第3火曜日・最終金曜日

4・御嶽宿本陣跡

本陣跡

御嶽宿本陣跡

 江戸時代の大名や公家などが宿泊・休憩する施設として利用された場所です。現在の御嶽宿本陣跡は中山道みたけ館に隣接しています。

明智光秀の重臣・可児才蔵ゆかりの地をめぐる散策モデルコース

マップ

可児才蔵ゆかりの地をめぐるモデルコース
「名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅)沿線 戦国三武将 ゆかりの地めぐりウォーキングマップ」より
(企画・制作/名鉄広見線活性化協議会)

マップ(PDF)

 願興寺をはじめとした御嵩町内に点在する観光スポットをめぐる散策モデルコースです。
 これまで紹介したゆかりの地や周辺の見所のほかに、⑦御嵩城址公園からは御嵩町の景色を一望することができます。

関連情報
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担当部署

まちづくり課
電話 0574-67-2111

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